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心境の変化の方向性と頻度

カテゴリは読書にしたけど、映画の話。
新たなカテゴリ作るほど見ないだろうし。作品という括りで。

アクト・オブ・キリング を見た。

インドネシアでクーデターを起こした軍部に抵抗する勢力を片っ端から殺した大量虐殺事件が起きた。
その数は数百万人といわれているらしい。記憶が曖昧だが、250万と言っていたような。
現地のヤクザやギャングのような人たち、プルマンがその実行犯である。
プルマンとは、英語で言うとフリーマン。
しかしプルマンは英雄のように語り継がれ、今なお一定の権力を維持している。というか暴力で維持している。

そのボスに、当時の虐殺の様子を再現して映画にしてもらった様子を写した映画である。

ドキュメンタリー映画を劇場で見たのは初めてであるが、基本的にはオススメである。
ダサく言えば、考えさせられる映画だから。
日常生活の中では想定すらされないような世界の話だから。

また、
映画の主題について僕が正しく認識できているとして、
主題には相応の共感、驚愕を覚えたが、それ以外の部分でもかなり強いメッセージがあるように感じた。
僕がいわゆる途上国の悲惨な状況について疎いためかもしれないが。


以下ネタバレ注意。





ざっくりあらすじを言うと

俺達は自由にやりたいようにやっているんだ、それは正しいんだと思っていた中二病的登場人物が、昔の自分たちの行動の残酷さに改めて気付き、後悔する話。
その辺の詳細は映画を見てね。

僕が気になった部分、考えた部分、批判点を書きなぐる。

一点目。登場人物の本職について。
何が、フリーマンか。何が自由人か。激しい怒りを覚える。
自分の自由のために他人の自由を奪うのは単なる搾取であり、ワガママである。
「総自由量」は変わらず、自由という少ないパイを取り合っているだけである。
こんなのは単なる自己中であり、到底認めることはできない。
到底、自由を愛する人間の行動ではない。
自由の奪い合いを認めるのであれば、奪われることにも賛同せねばならず、自由が減る可能性を許容するのは自由を愛していない証拠であり、奪われることを認めないのであればそもそも平等ではなく、自由な環境ではない。

真に自由を愛する人間に適した行動は、「総自由量」を増やすような行動であろう。
権力は最低限の秩序維持や制約の除去にのみ用いられるべきで、さらに言えば絶対的なものであってもならないだろう。

自分のワガママのために暴力で搾取している限り、僕はフリーマンとは認めない。
信念のないただの半グレである。

二点目。端々に現れていたインドネシアの現状に対して。
途中共演者が選挙に立候補するシーンがあった。
演説中、住民に賄賂を請求されていた。そして、どの政党もくれる、と。
また、共演者は当選したら地上げ屋のようなことで大金を手に入れようとしていた。
政治家はネクタイをつけた泥棒である、と。
別のシーンで、村をまるごと襲うときにエキストラとして民兵の青年団が100人弱登場した。
演技指導で民兵を鼓舞するシーンを見た青年団幹部は「このまま使って青年団に暴力的なイメージがつくのは良くない」と言っていた。そして帰りがけには「我々を怒らせればこれくらいのことが起こるということを示すのは良いだろう」と言い捨てていった。
おそらくは、普段からそれなりの暴力的な振る舞いをしているのであろう。
そもそも、軍部のクーデターが事の発端である。

ここまでみて思うのは、いつでもどこでも、ヒトは集まると暴力を背景にどんどんクズになる。腐敗を背景にどんどん怠惰になる。
政情が不安定な地域ではなおさらそれが顕著かつ暴力的に映るのか。
やはり例外はないのか。

三点目。この辺から映画の全体像に対する不満。というか勝手な願望。
今回、前半で主役級の扱いだったヒトは二人いたように思った。
にも関わらず、後半からラストの独白、改心のシーンは片方しかクローズアップされていない。
もう一人の心境はどうだったのか。その人にも迷いが生まれていてほしい。
その他の映画に関わったヒトはどうだったのだろうか。そういう人たちにも迷いが生まれていてほしい。
それだけ。単なる願望。まぁ映画としては混沌とするだろうし、TV局のヒト、完全にカタギの人たちは批判的であったのは、やっぱそうだよなと思った。
任侠映画のような、ある種偏った世界にクローズアップしてるだけなんだと信じたい。

四点目。総評に近いかな。
ここまでできるだけ避けて、結局何度か使ってしまったけど「改心」という単語。テーマ。
結局「改心」したんだと思うんだけど、「正しい道に導いてあげた」感を少し感じてしまった。
映画に対して、というよりも自分に対して、かもしれない。
残虐だった連中が演技を通して改心するお話、と捉えると非常に安っぽく、一面的なんだと思う。
現実はもっと複雑で、こんな心境にならなかった、あえて寄らなかったヒトもいたはずだ。
三点目ではみんな改心してほしいと願っておいてなんだけど。
切り取り方、つなぎ方からどうしても映画の作成者から「正しい道」を感じてしまった。
ちょっとうまくて残酷な道徳の教材、とでも言おうか。
それ自体悪くはないんだけど。少〜しもやもやする。

以上。ざっくり感想でした。
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